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フォトエッセー

2003〜2005

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No. 19 「Guatemala旅行記」

10/23〜10/31/2004

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10月29日(金)「マリンバ工場& アンティグア」

今日は待ちに待っていた日です。なぜなら!「Guatemalaのマリンバ工場見学」に行くからです!過去2回の訪問時には実現できなかった工場見学。今度こそは、と来る前から大使館の方に是非連れていって下さい!と懇願していた企画でした。そして、更に嬉しいのは今日からGuatemala Cityを離れAntiguaに移動するからです!Antiguaは私が世界中でも最も大好きな街の一つです!街全体が世界遺産なのです。Guatemala Cityのホテルをチェック・アウトしマリンバ工場へ向かう前にちょっと寄り道。Guatemala Cityの中心地、中央公園広場に面している国家宮殿(Palacio Nacional)を見学に行きました。ここの中庭には2つの左手が向かい合うように重なり合ったモニュメントがあり、その中には、抱きかかえられるように生きた白い薔薇が置いてあります。

その白い薔薇は平和の象徴として、1996年に内戦終結の合意・調印がなされて以来、毎日かかすことなく備え続けられています。毎日午前11時に新しい白い薔薇に替えるそうです。今日は偶然その現場に立ち合うことができました。そしてなぜ「左手」かというと、心臓により近いからだそうです。

それから、ここ国家宮殿の中にはとても貴重なGuatemala人による芸術作品、建築が見られます。壁にかかれた大きな絵も大変興味深いものばかりでした。スペイン人に戦略されているマヤ原住民を描いたもの、ドンキホーテを描いたもの。国鳥でもあり、通貨の単位にもなっている「火の鳥」のモデルになった鳥、ケツァルの絵など、素晴らしい作品ばかりでした。
大広間
「大広間」
 
 

国家宮殿の中庭
「国家宮殿の中庭」
左手のモニュメント
「左手のモニュメント」
薔薇を交換する儀式
「薔薇を交換する儀式」
ドンキホーテ
「ドンキホーテ」

さて、いよいよマリンバ工場に向かいます!なんと言葉にしたら良いのか、、、 言葉に表せないほど神聖な体験をさせて頂きました。まさにマリンバの歴史に直に触れることができたのです。本当に感動的な、そして私にとっては神聖な体験でした。そのマリンバ工場はGuatemala Cityの外れ、Zona 1にありました。

Guatemala全土には全部で5つのマリンバ工場があり、その中の2つがここZona 1にあるとのことでした。どんなに大きな工場かと思えば、実際は とても小さな工場で、中には完成されたマリンバも、制作途中のマリンバも殆どありませんでした。以前に日本のヤマハの工場を2回ほど見学させて頂きましたが、当然規模が全然違いました。到着すると、まず3代目の工場長(家主)が迎えてくれました。この工場は、1904年に1代目によって、 Guatemalan Marimba第一号が完成されて以来続いており、偶然訪れた今年は、なんと工場の100周年記念の年!なんとも記念すべき時に私はこの貴重な工場を訪れることができました。現在は3代目の兄と弟の2人が工場を受け継いでいます。現在も現役の73歳である2代目は日本でいう人間国宝のような人。更にこの工場は100年間続いたということで、その業績が認められ、2004年11月にGuatemala政府より国の重要文化財に指定されたとのことです。

まずは、第二次世界大戦前にドイツ・ハンブルクから持ってきた機械などを見せてもらい、いろいろ説明を聞きました。Guatemalan Marimbaの鍵盤はオルミーゴ(蟻塚という意味)という木で出来ており、その木が工場内にたくさんありました。樹齢50〜60年のオルミーゴを8年間寝かせ、完全に乾燥させてから鍵盤に加工するようです。その際、当然調律が必要になってくるわけですが、現在は440Hzに合わせているようです。調律するた めには鍵盤の裏側をアーチ型に削っていくのですが、その削り方など、それぞれのマリンバ職人の家で家宝にされている「秘伝のテクニック」があるようです。世襲制度によって代々その家のマリンバの作り方の秘密が伝えられていくのですね。

Guatemalan Marimbaの共鳴管は木でできた箱のような形で、その底に開けられた小さな穴を豚の腸の皮で塞ぎます。とても薄い豚の腸の皮が振動すると、Buzz soundがします。また、その工場に来てくれていたGuatemala大学の音響学の教授が、Mexican MarimbaとGuatemalan Marimbaの違いを教えてくれました。両方ともBuzz Soundがするのですが、Mexican Marimbaや現代の私が演奏するアメリカや日本で開発されたマリンバは、ピアノの鍵盤と同じように白鍵(幹音)と黒鍵(派生音)が交互にずれて並列しているのに対し、Guatemalan Marimbaは幹音と派生音が直線上に並んでいます。しばらく工場で話をしておりましたが、離れの母屋に向かいました。するとそこには古い古いマリンバが置いてありました。それはなんと、1代目が最初に作ったマリンバで、今では値段がつけられないほど高価な価値がある物だ、ということです。
1代目が作った第一号マリンバ
「1代目が作った第一号マリンバ」
左から三代目兄、私、三代 目弟、二代目マリオ
1920年のマリンバ
「1920年のマリンバ」
ヨーロッパに売ってしまってもうここにはない。
 

さて、私が今まで聞きたくて仕方なかった質問をしてみました。まず一つ目は 「マリンバは奴隷貿易によってアフリカからグァテマラに伝わったと聞いた事がありますが、それについてはどう思いますか?」という質問。それに対し彼らはこう答えてくれました。「マリンバがグァテマラに出現したのは、 1625年と言われている。スペインに征服されたのが1523年だからその後である。しかし、スペインに征服される前の絵、既にインディヘナの人がマリンバを背中にかついでいる絵が発見されている。スペインに植民地化される前に既にマリンバがあった証拠があるので、マリンバがアフリカから渡ったという説は、ここの人たちは信じていない。もともとインディヘナの人が創り出した物だと信じている。アフリカの人々と交流があったという記録もない。」

二つ目の質問は、「ここに昔、Deganというアメリカ人が来たことはありますか?」「ああ、来たよ。一代目がDeganにマリンバの作り方を教えたんだ」という答えに私は興奮しました!彼らはこう続けました。「1909年にGuatemala政府が国の文化を広めるために、英国やアメリカ合衆国にマリンバ楽団を派遣し各地で演奏会を行なった。当時Guatemala国内には多くのマリンバ奏者がいたが、ウルタード兄弟というマリンバ奏者がたまたまアメリカ合衆国に派遣され、その演奏をシカゴのDeganが観たのだろう。当時ウルタード兄弟以外にも沢山のマリンバ奏者がGuatemala国内には存在したし、彼らよりももっと上手な奏者は沢山いた。ウルタード兄弟と一代目は当時チームを組んで活動していたんだ。1935年にシカゴからDeganがここにやって来て、マリンバの作り方を習って行ったんだ」そう言って、Deganからもらったんだ、という古いチューナーを見せてくれました。私は「そうだったのかー」と深く感動しました。まさに私が現在演奏しているマリンバの軌跡をたどっているのです!私は3歳で初めて日本でYamahaのマリンバに出逢い、その後アメリカ合衆国に渡り彼らのマリンバを学び、今ここ、Guatemalaにいるのです。私はもう大興奮しておりました。

今度は話題がマレットに移りました。Guatemalaのマレットも latex(ゴム)で出来ていますが、不純物のない非常にpureなlatexだそう です。Guatemalaの人たちはマレットを「バッケッタス」と呼んでいました。そして、ここのマリンバ奏者たちは昔から、低音域には柔らかいマレットを使用し、高音域には堅いマレットを使用しており、それはごく当たり前の事でずっと昔からあった知識でした。次に、マレットの持ち方を見せてもらいました。手に1本ずつ持つマレットの持ち方は、マレットを握るのは一緒ですが、人差し指を上に突き出して持っていました。私にはコントロールしにくかったです。そして4本マレット(片手に2本ずつ)の持ち方を見せてもらいました。
マレットの持ち方
「マレットの持ち方」
お互いにマレットを交換して、、、
「お互いにマレットを交換して、、、」
 

現在我々がBurton Gripと呼んでいる持ち方と非常に似ていました。しかし手首の角度が違い、手首は全く横に平な状態で、現在私たちがMusser Gripと呼んでいるものに近い、と思いました。マレットの交差の仕方はBurton Gripと同じで、手首の角度はMusser Gripと同じ、ということです。Jazz Vib奏者のGary Burtonのクリニックに出席した際、彼は自分の名前がついたGripで演奏していると言っていましたが、自分で名前を付けたわけでもないし、既に存在していたマレットの持ち方だったと言っていました。そもそもここが原点だったのですね。

そして、興味深いことにトレモロの仕方も全然違っていました。2本でトレモロする際、私たちは大抵左手を上に、右手を下にして一つの鍵盤の違う場所を連打しますが、彼らは鍵盤の同じ場所一点を左右のマレットで交互に連打します。その際マレットは、互いのマレットにぶつからないようにする為、斜めの角度で入って来ます。何故かというと、Guatemalaの伝統様式では 1台のマリンバを3〜4人の男性が演奏するため、肘を広げられる場所がないので、そういうトレモロ方式になったようです。これらの話を二代目のおじいちゃんがとっても面白く説明してくれました。この人はまさに「生き証人」だな、と思いました。

二代目おじいちゃんのマリオが彼らのマレットを私にくれました。そこで私も是非自分のマレットをもらって欲しいと思い、それぞれのマレットを交換しました。メッセージを書き込んで!本当に感動的な素敵な体験でした。 4代目以降も、ずっとずっと続けて欲しい、と心から願っています。最後にお別れする時に、「ここはGuatemalaの君の家だ、いつでも戻っておいで」と言われた時には涙が出ました。嬉しかったです。日本人で何も知らない私のようなマリンバ奏者を心から温かく受け入れてくれて、本当に本当に有り難うございました。またいつか必ず戻ります!
マリンバ工場の前で。左から三代目兄、私、三代目弟、二代目マリオ
「マリンバ工場の前で。左から三代目兄、私、三代目弟、二代目マリオ」

さて、私たちはマリンバ工場を発ち、いよいよAntiguaへ向かいました。
Antigua(標高1520m)で有名なのが、富士山に良く似たアグア火山。富士山よりたった10m低いだけ、3766m。ここがどんなに素敵な街か、百聞は一見に如かず、、、写真をご覧下さいませ。

国家宮殿の中庭
「アグア火山」
マクドナルドも派手な看板は禁じられ質素に
「マクドナルドも派手な看板は禁じられ質素に」
Antiguaの時計台
「Antiguaの時計台」
石畳の道に色鮮やかな家
「石畳の道に色鮮やかな家」

今夜と明晩は、文句無しのAntiguaで一番の5つ星ホテル、Hotel Casa Santo Domingoに宿泊です!チェック・インした後、ここで素晴らしいランチを頂き、その後は私が3年前にコンサートを行った 会場、カプチナス修道院や中央公園を見学し、お土産を買いに行きました!日本とアメリカの友人&ファミリーへ地元のスーパーでコーヒーを買い込み、 現地の人々によるGuatemala織りの小物やテーブルクロスなどを買いました。

Hotel Casa Santo Domingoのフロント・デスク
「Hotel Casa Santo Domingoのフロント・デスク」
中央公園
「中央公園」
カプチナス修道院の中庭
「カプチナス修道院の中庭」
カプチナス修道院の中庭
「カプチナス修道院の中庭」

すっかり暗くなりホテルに戻ると、、、何やら問題が、、、ここの宿泊代は明日のリサイタルの主催者でもある、Mosaico Culturalという団体がホテルとスポンサーシップを組んでいて、ホテル側が演奏者にただで部屋を提供するという仕組み。しかし、このホテルは5つ星で人気があるため非常にプライドの高い、高飛車なホテルでもあるようです。よって、お金を払ってくれる客さんを優先してしまって、私の部屋がなくなってしまったのです。

替わりに彼らが用意した「別館」は車で15分くらい離れた所にあり、まさに何もない山の中。それでは食事もできないし、困る、、、という訳 で大使館のYさんが交渉して下さり、、、でも結局ダメで、私は他のホテルに移ることになりました。今夜泊まる事になったのは街で2番目のホテル、Hotel Antigua。このホテルも素晴らしかったです。
ホテルAntigua
「ホテルAntigua」
ホテルAntigua
 


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